猫のホテル『峠越えのチャンピオン』@下北スズナリ

久しぶりの猫ホテ。池鉄は表現・さわやかに専念するため退団(!)してしまったけど、それでもこの劇団を当たり前に愛す俺。哀愁、任侠、あと多分誰かが歌いだす。土下座。スナック。猫ホテといえば私にとってこういうイメージ。
結論を言えばスナック以外は全部入りでした(笑)。賭場、股旅、殺陣、が今回入って、さらに哀愁のコクが増し味わい深く。
各メンバーの見所満載な上で客演をバチっと立てた作りになっていました。
で、その上で言いたいんですが千葉雅子祭りだった、と。うん。私的にはね。
面白かった〜。
楽日前日。ぎゅう詰めのスズナリの狭さになぜかホッとする〜。客入れの間、舞台上に本編とは(全く)関係なく小ぶりのクリスマスツリーが。ちょっと早いけどなんか嬉しい。うん、今年も別にクリスマス関係のイベント・オールスルーの予定大だからね。ふっ。一人身にしみるぜっ。あ、チラシ束の中には当たり前のように表現・さわやかのチラシも入っていたよ!時間が合えば行きたい!
さて。前説(ケータイ切ってね運動)に主宰・千葉さん自ら登場。ほんとになんか。。。育ちのよさが滲み出てるというか、ええ、可愛いんですよ。声を大にして言いたいんですけどいいですか!千葉さん、好みなんだよなああ(うるさい)!かっこいいし可愛いし。凄みもあるし。でも結局ね、育ちのよさが滲み(以下無限ループのため割愛)
本編でも細部のスキマ役(ゆっくり動く老婆)から悪役(巷を震撼させたあの鬼女がモデルか)まで面目躍如!
客演陣も輝いてた。動物電気・・・たしか昔猫ホテで辻修さんを初めて観たんだったっけ・・・?そのとき「なんじゃこいつは!!すげえ」的、強烈な印象があったんだけど、動物電気の公演自体は見逃してきてたので。今回は主宰・政岡さん。やはりすごい。なんだろう。米搗きバッタと渾名される位の低姿勢の人間が隠し持つ狂気、男同士の軋轢のなか、道化のふりしながら虎視眈々と獲物は逃さねえぜ的な執念が体現されていました。
個人的には兄に金を借りようとして喫茶店に呼び出すシーンが好きでした。いい年した兄弟ってリアルに年収がどうとかのああいう会話してそうだよなーと。そのあと決裂して床に撒かれた小銭を集めるシーンも、切ねえなー。
もう一人の客演、アクションクラブ(!)前田さん。いや最初よくわからず「すげえ肉体派の新顔だな」とか思っててスミマセン。最後の大立ち回りはこの人がいなかったら成立しませんね。これは面白い試みで、猫ホテの世界にハマっていました。
猫ホテメンバーはもう磐石!という感じ。しんぺーさん、最初アウトレイジの世界かと思ったよ。個人的には伝助の兄役とかちょっとヤな感じの男を演じさせたら右に出るものはいないと改めて確信。
ガンツさんもクセありまくりの胡散臭い議員役、合ってたわ。
まゆみさんは足が綺麗だったなあ。あのちょいギャルお母さん役、良かった(笑)
まことさんは。。。えーというべきことがいっぱいある。歌唱指導のシーン、あの不穏な腰つきが脳裏に焼きついてトラウマレベル・・・そして!
股旅姿がかっこよすぎ!!
どうしようもない駄目人間なのに最後の花道を駆けていくシーンが神々しくて、惚れ惚れしました。

やっぱり結局シアターゴアーはやめられない!

なんでか先日『まとまったお金の唄』を観返していたら(あいかわらずこの作品の完成度最高&出てるキャスト、皆好き)むらむらと劇団本谷〜のニュースのことが引っかかりだして、
そう、菅原永二の女教師役の件が。おくさん事件ですよ!ってことで、芝居、行くの控えてたけどさ、
観るしかないでしょ、とチケを取った。さ、財布に相談なしに。。。
ポツドールの再演も悩んだ末に見送ったこの俺様が。。。
これとあとは猫ホテの本公演(今日DM届いてた♪)で今年は芝居はいいかな。来年のマシーン日記を楽しみにしつつ。
つうか色々なことがWOWWOW頼みな俺だもの。ふくすけ、放送してくれるかなあ。

あとは自分内ビックニュースとして津村記久子さんの新刊(エッセイ)の挿画が木下晋也ポテン生活)な件!!
も、買うしかないでしょとポチりましたよ。最高だ。

介護福祉士、合格しました!

随分と更新を怠ったブログになっているが・・・私にも四月の風が吹いた。
ひとまず介護福祉士の受験は無事終わり、先日合格証書が届いたのだ。
あんまり嬉しくて海羽野チカ先生イラストのクリアファイルにはさんでる(はみ出してるけど)。
「肩書き」と「申し分程度の昇給」以外職場で何が変わるわけじゃないが
これからもちゃんと仕事しようと思う。
以下、ほっぽらかしてた遊び歩きの記録。

☆2・28@日本武道館 東京事変ラストライブ
グッズ長蛇の列にまた負け(気後れという)シルベをゲットしなかった私。ライブ始まってやっとこの商品(旗)の価値を思い知らされました。シルベ、超大事。考えてみりゃ事変のライブに行ったことなかったので、甘く見てた。
なので心底楽しめたとは言えなかったんだけど、まあそんなことは置いておいて、感想。すさまじい完成度のライブだった。林檎様のストイックさが今思い返しても鳥肌。
さらばだ、って解散発表されてもずっと思えなかった。事変最高、これからじゃん、って思ってたファンなので。
言ったらソロより事変が好きだから。
でも当日『青春の瞬き』を聴いて、「辿りついたんだ」って歌い上げた林檎様の声でスッと解散を受け入れることが出来た。素晴らしいバンドの旅立ちを見届けられたこと、永遠に光栄に思います。たくさんのカッコいい音楽を有難う。
ボン・ボヤージュ!
☆3・24@渋谷AX マキシマムザホルモン マスターオブテリトリー
まさか当たるとは思っていなかったので焦った;しかし!一人一人マスで区切られていてエリアが保たれ、ギュウギュウにされずホルモンを観られるっちゅうチャンスは二度とない!無理矢理休みを取って参戦しました。
(今思い返しても、なんか「夢」すぎてボンヤリするなー。そのくらいホルモン度てんこ盛りライブだった)
場所はカオスエリア近くの97。なんかトラップで既にワイワイ盛り上がっている会場におそるおそる・・・よかった、俺、NOトラップ!ほっとして悪いけど真後ろの方は白鳥コスのトラップのようで、他には大根とかバナナ、風船ヘッドギアがあったようです。カメラさんにしっかり撮られていたが、のちのちDVDに入るのか?
なんやかや開演までに前説もあり。言葉がおかしいがアットホームな雰囲気。もうホルモン祭りですなこれわ。無料でこんな豪華な祭りやってもらって、いいんですか?ナヲちゃんも言ってたように「ホント調子に乗るな!!」そのとおりww
しょっぱなはやっぱり『小さな君の手』笑!皆で合唱wそのあと幕が開いて本家の例のアレが始まった!うををお!!場内に轟くハラペコの叫び!至近距離で観るホルモンメンバー、ち、ちかい・・・!上ちゃんのパンツぴらぴらすごいことになってる!亮君のカリスマ性が・・・怖くて観れない!だいすけはんカッコイイ!!!←初めて思った。ナヲちゃんのドラムが腹にクる!クぅー!
爆音の中、本気で腰からのヘドバン(なんていうの?)を繰り返し、でもフルテンションで終演まで踊りきったのでむしろ爽快!ずっと笑顔だった、私。こんなに楽しいことって最近無かったよ。や、次の日首が鞭打ちっぽくなってたけども。それで夜勤してましたけどもね、マスラヲコミッショナー!←言いたいだけやん。
一番最後に全マスを開放したのがやっぱりホルモン。
一晩耳鳴りが止まらず、それがかえってライブ参加したんだなあ、って実感して嬉しかった。馬鹿かw
☆3・31 『ガラスの動物園』@シアターコクーン 
テネシー好きだがガラスの動物園は観たことが無く、長塚演出なら大丈夫かな、と。演者を見ればチケ代の高さはサモアリナンズだが、やっぱ、退屈なところは思いっきり退屈だった。難しい作品だと思う。
でも冒頭からダンサーを導入した演出にはやはり目を見張った。これがなければただの古典劇に成り下がったと思う。
痛みと感傷に満ちた作品を適温で演出した長塚さんの手腕に拍手。深津さん演じたガラス細工のローラに、そっと、涙。
姉さん、ロウソクの火を消して・・・あのラストの美しさだけで観た甲斐ありました。
【追記】コクーンでふくすけ再演って!?すごすぎる。絶対行く。どうにかして行くわ。
【さらに追記】森山未来でヘド再演って!?超観たいんですけどそれは財布がチト厳しいかと・・・!!キー!

☆4・1 People In The Box中野サンプラザ
リリースツアーファイナル、去年のことをどうしても考えてしまって、感慨深いってこういうときに使うことばなんだねぇ。あの日、本当に幸せだった。そしてそれはこの日も変わらなかった。
ダイゴマン、終盤のマジMCで語っていたね。リベンジ、か。
色々な立場の人が今日も集っているはずだ。かみしめる。
それにしてもハタノ氏がサンプラザのことを「もうホームでしょう」と言いきった所に漢をみたね、俺は。
MCで人柄全開の深遠?なトークかましたあと「なんか打率が・・・」というカワイさ。
「こんなこと言って、僕シルクハットの下禿げてますからね、うっそー(四月ジョーク)」とか、うん、そんなとこばかり今も思い返しているけど。
勿論演奏が良かった。3人がぎゅっとステージ上で寄って音を出してる姿の神々しさ。セットリストはピープル的ハードコアって言ってたけどなるほどと。本当はもっと拳突き上げたり動き回って聴いてみたいなあ(まだホルモンライブの影響が;)
しかし最新のアー写がイラストって凄すぎると思うんだが、8月のグローブ座、行きますからね。どんどんピープルが好きになっていくわ。

第三舞台 封印解除&解散公演 『深呼吸する惑星』@紀伊国屋ホール

人生初の、第三舞台で、それが解散公演、っていうなんだかよく判らない立ち位置で紀伊国屋ホールに。
理由はひとつ、ただただ観たかったから。
紀伊国屋は個人的に言ったらナイロンの『消失』以来だ。うわ何年前??それも12月だった。いまだに切ない。

冒頭のダンスシーンが印象的。ビハインド・ザ・マスク(超名曲。しかしそれもね、あとで調べました。YMOちゃんと聴いたこと無かったっていう;)が暗闇でかかるなか、各演者の張り詰めた指の先をじっと見つめながら「こ、これが第三舞台か・・・!」とおののく私。(パンフレットの写真で今見ると小須田さんの腕にびしっと筋が張ってて悶え)

SF設定や(物語の設定上)急に繰り出されるギャグや着ぐるみ・・・に度肝抜かされつつも笑い、次第に劇団独特の雰囲気に馴染んできた頃、
筧さんが正面切って朗々と声をあげるシーンにはドキドキさせられた。これは恋にも落ちるわ・・・!!

しかし軽い物見遊山気分もここまで。私はナイロンにハマって他の芝居も見始めた口なのでみのすけさんが出た『トランス』を観ている。そこから鴻上さんの本を色々読むようになったのだが・・・『トランス』で胸掴まれたあの台詞が今作にも出てきたのだった。
あの芝居を観て思ったことが怒涛のように押し寄せてきて、苦しくなった。
絶望を乗り越えるためのユートピアが私たちに今必要である。
皮肉なのか必然なのかそれは分からないが、閉じこもるのでなく、その外で戦うために。
そう思ったらもう、舞台上のすべての人たちが愛しくなった。
和解のための抱擁のシーンには胸が熱くなった。
風に舞う黄色い花びらの中ひとり立つ高橋一生君の格好よさと言ったらもう。

終盤、SFめいた物語の世界が私たちの「今まさにここ」にリンクし、深呼吸の真の意味が分かっても、それでも私は今いる場所で精一杯深呼吸をするだろうと思う。そうでなきゃなんで生きてるんだ。
芝居の中でのダンスシーンでは「ずっと好きだった」いわずもがな名曲、で芝居が終わったあとかかっていたのは「ずっとウソだった」。神のような選曲!こういうことの出来る芝居というメディアを俺は愛してる。
本当に面白かった。

毛皮のマリーズ解散公演“Who Killed Marie?”@日本武道館

ついにこの日が、とあえて淡々とした気分で武道館へ。シロップの解散時を思い返すと苦々しいが、マリーズならなんか許せる、ってこの気持ち複雑だ。早めに入場したが、場内にてマリーTを着込んだファンを見ていると
「こんなに全国からマリーズ好きが・・・!」と温かい気持ちに(←お前もな)。やっぱ来て良かった。
舞台も簡素で、彼らによく合っていたと思う。
暴論ですがもう「ビューティフル」さえ聴ければ私はそれで良かったのだった。
それを皆で大声でシンガロングできればそれで良かったのだった。
本当に、誰か毛皮のマリーズの映画を撮っていないのだろうか?
こんなにもライブ上の一挙手一投足が絵になるバンドもう出てこないと思う。
だから志磨さんがアンコールで髪を切り落としたときは「それすらも芸術の一部」と思い、震えた。
 
止まると俺死ぬから、ってことですね。受け止めました。マリーズ今まで夢をありがとう。好きで良かった。

ポツドール『おしまいのとき』

というわけで。書き始めるにあたってだいぶ日がたってしまった理由=観劇日(9月21日)に日帰りで上京したが台風で帰れなくなり新宿でなんとか泊まる羽目になったほうが衝撃的で・・・
都会での帰宅難民の怖さって田舎のレベルとはまた異なり(当たり前だけど)正直こういう目に遭うくらいなら芝居なんて観にいかんでも、って思いまでしたけど、結局観て良かった。台風来るの判ってて出掛けたの自分やし。
しっかし観たのがポツで良かったよ。見終わったあとのどんぞこ感も従来どおり。
米村さんの負のカリスマ性が凄かった・・・。

いったいなにが「おしまい」なのか。
タイトルからして明らかにこれから不幸なことが若い主婦に起きる・・・という冒頭で三浦さんはまず一つ目のスイッチを仕掛けます。それは彼女の子供が川遊び中に溺れて、結果亡くなるというもの。ここまではなんとなくセットから察してました(舞台に子供は出ないだろうし)。
でも本当の不幸はここから速度を上げます。ついてこれないほどマンモス凄いです。
子供を亡くし抑うつ状態の主婦がある人間によって性暴力を受け、それを強引に「アリ」なものにするところから「それ」は始まります。「人が壊れていくスイッチが目の前で押される」この苦痛シーン、五分くらいやってたんじゃないか。彼女は突っ込みどころ満載なまでにロジカルな人間で、オリジナル論理(狂気のレベル)で次々やってくる(見ようによっては自ら引き寄せている)不幸をさらなる不幸で粉砕しようとし最後の最後に破綻を迎える。これはそういう話です。
それにしてもドシリアスな場面(しかも夏の昼下がりだったりする)で現実のスズナリの外が暴風雨っていうのがある意味シュールでありました。

閉じ込められた井の頭線の中で芝居の意味を考えつづけていました。
主婦にとっての「異界」の人が彼女の生活域を踏みつけていく様が本当に凄かった。親切を売りつけてくる隣人はまさに異常。これ、3.11以降の世界で三浦さんはいちはやく偽善というものを芝居に落とし込みたかったんじゃないかと思う。
あと特筆すべきはもうひとりの「異人」である電気工を演じた米村さんの凄み。そして駄目人間みたいに見えたのに聖母にも見えたその彼女(妊婦)の人物像が興味深い。彼にとって一番耳の痛いことをバンバン言います。当然お腹の子供は彼の暴力により亡くなるであろう、と予想してはいましたが、問題はラスト。
不幸に不幸を上塗りしていったあげく破綻を迎えてはじめて主婦は「私は人間でなくなりました」とか細い声で受け入れる。
今思い返しても震える場面。
上下に分かれた舞台装置で、同時進行で主婦と電気工はそれぞれ自分を支えていた論理に見放され、窓から飛び降りようとする。これで終わりかと思ったが底意地の悪い三浦さんはその上を行く。
廃人のような電気工は(すごいことに多分)聖母的存在の彼女を自分の舎弟に委ね、はじめて「人間になる」のです。
おしまいのときという言葉ははじめて、とイコールである。血まみれの生まれなおし、のような。
エグイけど底光りする希望のような。

寝室では自分が殺した血まみれの夫の遺体のある荒れ果てた公団の一室で動物のように「おなかがすきました」と思わず漏らす主婦はやはり人間なのです。
どうしようもないけど生きてる。死ぬより地獄でも。
まるで踏み絵のような人間賛歌だなと思いました。

毛皮のマリーズ解散に寄せて

っつうかまじに寝耳に水だよ、なんで今解散な訳??志磨さんいつから決めてたの?
勿体無い、とか言ってもいいですか?マリーズって、今まさにこれから、なんじゃないんですか?
悲しすぎでまともに新譜が聴けません!!
こんなことならフェスで老体に鞭打って観て帰るべきであったなぁぁozm

とにかく最後のツアーのしょっぱながライトハウス・・・だけど行けないのでまさかの武道館参戦でラスト。
気分的には
今はなんだかよく判りません。
12月までに私の気持ちは落ち着くんであろうか?今週のリアライズは聴きますが・・・何を語るのか。
はっきりいうと武道館で解散って、シロップを思い出すんで「なんじゃそらー」って、感じよ。